天才・尾藤の元気が出る学園 -友情トレーニング編-
「..オイお前、尾藤なにチンタラしてんだコラ。
今週のトレーニング計画立てたのか、てめえこの野郎。」
チームのメイントレーナー柴田が自身の部下である尾藤に怒号を浴びせる。新人トレーナーの尾藤は優秀である一方、大変気が弱い。いつも柴田に理不尽な量の仕事を押し付けられている。
「はい、実はまだ...申し訳ないです...」
「だからテメエは万年サブトレーナーなんだよ!」
「はい...申し訳ありません。」
「申し訳申し訳ってよお、へこへこするのがオメエさんの仕事かよお!おやっさんがテメエをサブに付けなかったら......」
「あ、あの...」
柴田とは対極的な声色で一人のウ●娘が割って入る。
「お、どうしたスズカ。」
「柴田トレーナー、最近尾藤さんに厳しすぎるような...
尾藤さん、精一杯やってくれてると思うんです。
私がなかなかレースに勝ちきれない時期も色々ケアしてくれましたし...」
スズカの言葉に対し嘲るような顔で柴田が反論する。
「オメエは優しいなあ!こいつぁ俺が厳しく指導してやっとこさ半人前なのよ。こりゃ教育だよ教育。アマさんもそう思うだろ?」
この騒ぎにチームのウ●娘がもう一人加わってきた。
「いやあ...正直、それには同意しかねる。厳しいって言ったって度を越えてるんじゃないかい。自分の仕事まで押し付けてるようにしか見えないしねえ。」
「ああんなんだオメエら楯突きやがって誰のおかげでレース出てられると...」
「そういう高圧的な態度ばっかで、アタシらと信頼関係なんて築けやしないだろ!先代のチーフとはうまくやってたけどアンタのやり方にはこっちもウンザリしてんだよ!」
スズカは何も言わないが、静かに頷く。
「尾藤トレーナーもなんか言ってやんな!」
「......」
「何も言えやしねえじゃねえかほら!」
「(言いたい...言いたい...ホントは嫌だって、理不尽だって言いたい...でも言えない...。」
「まだそういう器量もねえんだこいつぁ。」
「尾藤!」
「尾藤さん!」
「(そうだ...!あの人の力を借りれば...あの人なら言える筈だ......!)」
「......うわああああああああああああああああああああああ!!!」
「「「!!!???」」」
そこにいる全員が驚愕した。あの物静かな尾藤が突然とんでもない声量で奇声を発したのだ。
尾藤は何度も奇声をあげ、制服のシャツを乱暴に脱ぎ捨てた。
露わになったインナーのTシャツにはデフォルメされた男性の顔と、ロゴが印刷されている。
「「『元気が出る学園』...??」」
「なんやなんや!」
「スズカ、これは一体...」
「トレーナーさん方、なんの騒ぎですか!?」
生徒トレーナー職員問わず、騒ぎを聞きつけた関係者がぞくぞくと集まってくる。
無理もない。尾藤の叫びは学園中に響いてしまっていた。
「さあ!というわけで始まりました。今年も『元気が出る学園』〜
では早速『たけしメモ』、行ってみましょう!」
「尾藤!」
「尾藤さん!」
尾藤の奇行に全員が困惑している。悪名高い柴田のパワハラで尾藤がおかしくなってしまった、とその場の大多数が考えていた。
困惑する集団をよそに、尾藤はおもむろにスケッチブックを取り出した。
そして、
「おい...!来い......」
「「「「????」」」」
「たづな!お前だよたづな、早く来い!」
皆が学園の理事長秘書であるたづなの方を振り向く。
「...はい?はあ...わかりました。」
たづなはそそくさと尾藤のもとに小走りで向かった。
尾藤は、たづなに半ば無理やり自身のスケッチブックを持たせた。
「全く遅いんだよお前は......。見てくださいコレ、相変わらず凄い胸ですね。
まあでも、コレ年食うと垂れて来ますからね。そのまま下の方に垂れて行って金玉になったりしてね。バカヤロウ。」
「トレーナーさん!?一体何を...?」
「尾藤!」
「尾藤さん!」
『たけしメモ』、一体何が始まるのか誰にも予想できない。
「...というわけでね。『こんな中央(トゥインクル)シリーズはいやだ』。早速、行ってみましょう。」
尾藤がスケッチブックのページをフリップ芸人のように捲っていく。
「『出走枠が10000個ある』。」
「コレは困っちゃいますね。
大外から99978番...いや99987?こんなもんわかるかなんつってね。
出走バがあんまり多いもんだから、レーンから観客席まで溢れたりしてね。
そのまま観客とみんなでやっちゃたりしてね。バカヤロウ。」
「尾藤!」
「尾藤さん!」
「『パドックにバ糞が落ちている』。」
「コレはいやですね。
あ、まんじゅうだ!っつって後に続く娘が食べちゃったりしてね。
好物の人参風味だなんつってたくさん頰張っちゃりしてね。
ん、コレは鉄の味がするぞなんつってね。実は切れ痔でしたなんつってね。
バカヤロウ。」
くだらない。あまりにもくだらない。フリップ芸にしても、その内容がお下劣すぎるのだ。
訳がわからず呆然としている者もいれば、あまりのくだらなさに笑いをこらえている者もいた。
「尾藤!」
「尾藤さん!」
「たけし!」
いつもの尾藤を知るものたちが次々と声を上げる。
「『ウ●息子がいる』。」
「コレはなんなんですかね。
お前足が一本多くないかって疑われたりしてね。
いえいえそりゃ気のせいですなんつってね。
紛れ込んでそのままターフでやっちゃたりしてね。
あー気持ちい、なんつってね。
実況が『雌雄を決する』なんて言うもんで、あホントにオスがいるなんつってね。
バカヤロウなんつってね。」
「『払戻がウンコだ』。」
「単勝10倍だなんつって大量にウンコ持って帰らされたりしてね。
本命外したか〜今日はウンがなかった、なんつってね
応援馬券にも『フンばれ!』なんて書かれちゃったりしてね。
バカヤロウなんつってね。」
「はい、『元気が出る学園』今週はここまで〜!」
尾藤は下品なフリップ芸を散々披露した後、その場から何事もなかったかのように去ってしまった。
「あ、コレもメモしましょうなんつってね。バカヤロウ!」
「ホントやめましょうよ、それ。」
「ふふ、バカヤロウ。いいですねコレ。」
その後のトレセン学園はいつになくざわついていた。
あの日以来、尾藤は元の性格に戻ったままで、あの芸を披露することはなかった。
しかし気弱で舐められっぱなしだった彼が学園に大きな爪痕を残したのだ。
「決まりだな...!あれを感謝祭の目玉企画にしてはどうだろうか?」
「会長正気ですか!あ、あんなものを」
「君も笑っていたように見えたが...?」
「しかし...」
「皆がレースを控え殺伐としている。こんな時こそ、荒唐無稽な笑いが必要だと思わないか。」
「そこまでおっしゃるなら...承知しました...。即座に手配しておけ。
...おい!おいブライアン!」
「ああ、わかっている。......バカヤロウ。」
「いい加減真似するのをやめろ!」
学園内の多くが伝説の男の帰還を心待ちにしていた。
学園の生徒たちがレースやトレーニングで肉体的精神的に疲れ果てている中、彼は生徒を"元気"付ける存在になっていた。
なんつってね。
バカヤロウ。